昨日あるできごとから

わたしは今まで勘違いをして過ごしてきていたかもしれないと

思うようなできごとがありました。

 

どこかで、

わがままを言ってはいけないという

意識を常に持っていました。

人と協調して生きていくことを
大切なこととして育てられてきたからだと思います。

 

もしかしたら

それはわたしだけではなく
多くの子どもだった人たちが

大人たちに

そう教えられて育ってきたかもしれません。


それは

とても素敵なことです。
人を尊重し
相手のことを考える。

だけど、
自分の思いや考え
ひとりの意見を

声に出してはいけないのとは

違うということに

わたしは気が付いたのです。

わがままは
相手を尊重せず
相手の事情を考えない行為。
我欲を押し通した状態のことだと考えます。

辞書では
三省堂 大辞林 第三版
わが まま 【我が儘▼】

[3][4] ( 名 ・形動 ) [文] ナリ
他人のことを考えず、自分の都合だけを考えて行動する・こと(さま)。身勝手。自分勝手。 「 −をいう」 「 −な性格」

だから思いや考えを
言葉にすることは決して
わがままではありません。

 

昨日のできごとは・・・

わたしの生徒さんがマヤ暦のアドバイザーになるため

中級講座を受講することになっていました。

ただ、なかなか予定があわず

前に進めることができずに困っていました。

 

わたしとしては

マヤ暦を学びたいという思いを

どうにかしてあげたいと考え

わたしの師匠にどうしたらいいかを相談してみました。

 

そうしたら

中級講座を開催することのできる

わたしたちよりもマヤ暦を詳しく学ばれている先生に

直接お願いしてみればとアドバイスしてくれました。

 

先生方の講座日程をそれぞれ確認したけれど

わたしの生徒さんが参加でいる日程はどこにもなく

ダメ元で行ける日を先生に開講してもらえないかを

お願いしてみることに。

 

今までのわたしだったら

正直、そんな非常識なことして

嫌がられたらどうしよう・・・

そんな気持ちが頭をもたげ

今回は仕方がないかな?とあきらめていたと思うんです。

 

だけど、生徒さんのやる気をどうにかしてあげたいという思い

ただそれだけで、先生にどんなメールをしたらいいのかも

わからないけれど、そのままを言葉にしてメールさせてもらいました。

 

時間はすでに22時30分を過ぎている時間

そんな時間に不躾なお願いを・・・

でも先生方はすぐに回答をしてくれました。

が、残念なことに今回はどの先生も予定は合わず。

 

でも、予定をあわせられなかったことを

とても丁寧にそれも本当に心を込めて謝ってくれました。

 

わたしは、もう、それだけで

嬉しくてうれしくて。

非常識なお願いを

非常識な時間に連絡させてもらったのに

とても丁寧に対応してくれたこと。

感謝以外のなにものでもありませんでした。

 

そして、最後にまたいつでも声をかけてくださいと・・・

 

頭が下がる思いです。

本当にありがとうございました。

 

そう、この経験が・・・

いままでのわたしだったら

こんなお願いをするのはわがままだって思っていたんです。

でも、それをわがままだととるかどうかは

相手側の取り方なのかもしれないと。

 

どうしても切羽詰まった状態でのお願いだったので

時間もなにも省みずの状態

 

でも、それをどうとらえてくれたかって

とても大きいと感じました。

 

だから、本当に自分が欲のための行動ではないと言い切れるのであれば

それは行動してみる価値があるのかもしれないと。


何かに遠慮ばかりして

何もできないのであれば

それはとてももったいないことなのかもしれない。

 

以前働いた会社でも

とても素敵な先輩に言われた言葉は

 

理由がない行動はわがままかもしれない

だけど、そこに理由があるのならそれはわがままではないって

 

理由

つまりは信念とかなのかな?

自分というものがそこにあれば

それはわがままではないって。

 

そこに自分の思いや考えがあるなら

しっかり貫くことがたいせつ。

 

それは

あるがままの自分ってことになるのかもしれな。

しっかり自分を持って生きていくことは

わがままではないってことなんですよね。