マヤ暦ではその人の性質や特性、役割を見ることが出来るほかに、
その人の人生の流れも見ることが出来ます。
それは、これから未来がどんな流れになるかはもちろんのこと、
過去を遡ってみることもできるんです。
 
 
未来を見るのもワクワクして楽しいのですが、
過去を遡ってみると、自分らしいドラマがそこにあることが発見できるんです。
過去を振り返ることで見えてくるものがあるんですね。
マヤ暦では、この振り返るって作業もとても大切だとされています。
 
 
わたしたちの脳って変なクセがあって、
日々の暮らしの中での楽しいできごと、嬉しいできごとって、
強烈に印象に残るようなことが起きないとあまり覚えていなくて、
毎日の少しの幸せは不思議なくらいに忘れ去られてしまうんですね。
 
なんだか残念。
 
だから、そこはできるだけ、例えちいさな幸せだとしても、
そこにたっぷり感謝して過ごす癖をつけるようにしていくといいかもしれませんね。
そうすると毎日がたくさんの幸せであふれるわけですから。
その反面、マイナス的なできごとって割としっかりと記憶していて、
それが起こるたび「なんでこんなに続くの?」なんて思ったり、
もっとひどくなると「わたしばっかり」と
悲観的な気持ちでいっぱいになってしまったり・・・〇
  
 
だけど、その合間合間には嬉しいできごとも、
きっとあったはずなんですよね。
忘れてしまっているだけなんです、本当は。
その幸せ体験もしっかり記憶していたら、
きっとそこまで悲観的にならないですんだかもしれないけれど、
人間の脳のクセでもあるので、
それはそれで仕方ないこととして・・・
 
 
そんな風なつらいなって思う体験・経験はどうして起こるのか?
といったら、それはその人がうまれてくる前に決めてきた道へ向かうための
 
「学び」だからなんです。
 
要はその体験によって経験値を上げ、
次の旅へと向かうわけです。
なので、分岐点。
そこで経験値がどれだけ上げられるかという
重要なポイントなんです。
 
 
だから悲観的になっても、悲観的にずっとなっている場合ではないんです。
そして、その渦中では気が付けなくても、
少し元気を取り戻したときにでも振り返ってみると、
なるほど!と思える道しるべがそこに記されていることがあるんです。
 
 
だから、例えば悲しくつらい体験でも、
それがなかったら今はなくて、
これから先に繋がる道もできなかったってことなんです。
そして、この先にも同じような分岐点があるかもしれないわけです。
そのときにどんな心持で過ごせばいいか?ということになるわけですよね。
 
 
生きているって、ただ生きているわけではなくて、
子どもの頃にみんなきっと遊んだこのある「モノポリー」だったり「人生ゲーム」。
いろんなハプニングが用意されていましたよね。
それと同じように人生の分岐点があの「ハプニング」で、
それは単なる「ハプニング」ではなく、
わたしたちが成長するためにあるできごとなんです。
(ゲームのなかではもしかしたら単なるハプニングだったかもしれませんが、
あのハプニングがあるからこそ「どんでん返し」が起きたりして
ゲームが楽しくなっていたように記憶してます)
 
 
いろんな経験をしているひとは、それだけ学ぶチャンスがたくさんあって、
人よりも成長できるというありがたいできごとなんですよね。
もちろん、それってその人の受け取り方次第でありがたいできごとにもなるし、
単なるつらい体験にもなるわけです。
だから時には過去を振り返り、どんな意味があったのかを
しっかり整理することが大切になります。
 
 
辛いできごとやうまくいかなかったって思えるできごとは、
失敗でも躓きでもなく、
何かを得るために与えられたチャンスでもあるんですよね。
その時はそう思えなくても、あとからそう思えたら
成長度合いが変わってきますよ、きっと。
 
 
そして、そのできごとにいつしか感謝できたら最高。
そしてすべてを赦し、自分を愛せたら、
こんな幸せないってくらいの毎日になりますね。
 
 
そんな風に右往左往、へこんだりでっぱたりしながら、
毎日がきっとどこかに繋がるんだって思って、
この「今」も楽しんで過ごしていけたらいいですよね。
 
 
「事実は小説より奇なり」
 
 
この言葉がまさに!って思える人生を歩んでいるんですよ
誰もがみんな。